「ZERO‐ONE旗揚げ戦」有田と週刊プロレスと#22

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有田と週刊プロレスと
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2001年 3.2 両国国技館で「ZERO‐ONE」という団体が旗揚げしました。

メインイベントに組まれたカードは

橋本真也・永田裕志vs三沢光晴・秋山準

ZERO‐ONEと新日本プロレスとNOAHがごちゃ混ぜになった試合です。

この歴史的な試合を、プロレスのことが全く分からない宮澤佐江さんにプレゼンする有田先生。

有田先生のトーク力も凄いんですが、宮澤さんがプロレスに興味を持ってくれたことが良かったです。

ノリノリで番組に参加する宮澤さん。

好感度抜群です!

ZERO‐ONEvsNOAH

この試合の見どころは「新日本プロレスの流れをくむZERO‐ONE」と「全日本プロレスの流れをくむNOAH」がガッチリ組み合ったことです。

90年代の歴史を振り返ると、このメンツが揃うのはありえません。

しかし、新日本プロレスのアントニオ猪木さんが引退。

全日本プロレスのジャイアント馬場さんが亡くなったことで時代が変化。

中心選手が橋本・三沢世代に移ったことで、団体間の交流が盛んになりました。

時系列で振り返ると

1998年 アントニオ猪木引退 長州力引退(その後2000年に復帰)

1999年 ジャイアント馬場逝去

2000年 三沢光晴がNOAHを旗揚げ

新日本プロレスと全日本プロレスが交流開始

橋本真也が引退。その後復帰も新日本プロレスから解雇

2001年 ZERO‐ONE旗揚げ

という荒波のような中で「新日本プロレスvs全日本プロレス」「ZERO‐ONEvsNOAH」という対決構図になります。

所属選手が根こそぎNOAHに移籍してしまった全日本プロレスは、新日本プロレスに協力を求めます。

新日本プロレスもこれには協力。

2000年に旗揚げした新興団体のNOAHも対抗戦をしたかったが、古巣の全日本プロレスと新日本プロレスが協力しているので、新日本プロレスには頼れません。

そこを付いたのが橋本真也率いるZERO‐ONEでした。

話題が欲しいNOAHと話題が欲しいZERO‐ONEの利害が一致します。

そんな中で行われた旗揚げ戦。

新日本プロレスのお膝元「両国国技館」にNOAHの選手が乗り込んできました。

迎え撃つは元・新日本プロレスの橋本選手。

現役の新日本プロレス永田選手です。

解雇された団体の後輩を連れてくるのは違和感がありましたが、90年代では見ることのできないカードが組まれます。

この試合はDVDで見ましたが、盛り上がり方が異常でした!

秋山選手が入場し、永田選手も入場。

「スパルタンX」が場内に響き観客が「大ミサワコール」

「爆勝宣言」がかかると「はっしーもと」「はっしーもと」と叫ぶ。

プロレスの力を感じました。

破壊と創造

「破壊なくして創造なし」

2000年代前半のプロレスを象徴する言葉です。

三沢選手は全日本プロレスを離れNOAHを旗揚げ。

橋本選手は新日本プロレスを離れZERO‐ONEを立ち上げます。

武藤選手は、格闘技路線にむかう新日本プロレスを離れて全日本プロレスに入団。

当時若手だった藤田和之選手も新日本プロレスを退団し、総合格闘技に参戦します。

それぞれのレスラーが今いるポジションに居座るのではなく、自ら動くことで新しいプロレスが生まれました。

エンターテイメントが多様化した2000年代。

vs他団体。vs格闘技。野球やサッカーとも競争していかなくてはいけない時代だからこそ、攻めた興行を見ることができたんだなと思います。

現在も同じですよね。

感染症の影響で会場にファンが行きずらくなっている。

配信サービスもAmazonプライムやNetflixと競わなければならない。

攻めたことをしないと新規のファンは見てくれません。

新日本プロレスが50周年の2022年。

まずは新日本プロレスvsNOAHの対抗戦を楽しみます!

そんな感じで。

でわ!

 

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プロレスが好きになる番組です!

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